しなやかなこころで、

臨床心理士Hecoのひとりごと

自傷行為の捉え方と対処法

こんばんは。

 

 

今日は自傷行為についての記事で、少し重たい話になるかもしれません。

 

 

でも伝えたいことだったので書かせてください!

 

 

 

 

 

 

 

自傷行為はいけないこと?

 

 

ぼくは今総合病院の精神科で働いていますが、自傷行為(リストカットアームカット、頭を打ち付ける、髪の毛を抜く、OD*1など)をする患者さんは一定数おられます。

 

 

特に思春期の患者さんに多く見られます。

 

 

そんな思春期の患者さんの自傷行為に関して、周りの医療スタッフは口をそろえて「そんなことしたらダメでしょ!」とか「なんでこんなことするの?!」等、半分怒ったように言います。

 

 

もちろん、医療従事者として患者の身の安全を心配してのことなので、その言葉が悪いとは言いません。

 

 

しかし、考えて欲しいのは、『なんでダメと言ってしまうのか』ということです。

 

 

前回の記事の中で『常識を盲信するな』『善行も時と場合を考えなければいけない』というような知見がありました。

 

 

 

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西野さんの例えで言うところの、

 

 

風で倒れた自転車を起こす=善行

 

 

と同じくらい、

 

 

自傷行為=よくないこと、とめなければいけないこと

 

 

になっているのでは?

 

 

と思っています。

 

 

誤解を恐れず極論を言うなら、彼(彼女)らの身体を彼(彼女)がどう扱おうが自由なはずです。

 

 

自傷行為の背景は様々で、中には『なんとなく』やっている人もいる、中には『思いを言語化できないがため』、中には『いけないとわかっててもやらざるを得ない』、中には『血を見ると落ち着く、生きてると実感できる』、中には『心配してもらうため』というのもあるかもしれません。

 

 

人によっては、『つらい現実の問題や目の前のネガティブな感情から避難』したり、その場限りであっても『こころの痛みを和らげてくれる応急処置』として自傷が機能していることもあります。

 

 

とにかく、そんな個々人でまったく違う、様々かつ複雑な背景を無視して、「とにかくやってはいけない!」なんてことを言ってもあまり響きません。

 

 

どころか、関係が悪化するかもしれません。

 

 

 

対応として

 

 

まずは慌てないことと、大袈裟に捉えないことだと思います。

 

 

自傷行為は日常に『ふつうに』存在します。

 

 

ドラマの世界の出来事ではありません。

 

 

慌てたり、大袈裟にそれを考えてしまうと、当事者の方が動揺してしまいます。

 

 

そして、対応としてもっとも大事なことは、その行動をやめさせようとすることではなく、どうしてその行動をするのか(せざるを得ないのか)を『聴くこと』と、『心配していることを伝えること』です。

   

 

 当然、聴いても本人も分からない場合もあります。

 

 

その場合は、無理に聞き出そうとはしないでください。

 

 

また、親としての立場なら『怒る』ことも大事ですが、『怒る』背景に『心配している』という思いがあることが、当事者にきちんと伝わるように怒って欲しいと思います。

 

 

『やめさせたい』の背景に『心配』があることは、支援する側としては重々承知ですが、当事者としては『やめさせたい』という表面上の思いが目に付きやすいので、『心配している』ことを『きちんと』伝えて欲しいと思います。

 

 

日本では忖度が当たり前になっているので、「そんなこと言わなくてもわかるでしょ?」的な言動が目立ち、結果としてすれ違いが起こっているように見えます。

 

 

親子であれ、夫婦であれ、親友であれ、どんな人間関係でも、結局は自分と自分以外であり、自分以外の人の考えていることは完全には理解できません。

 

 

言葉を使わなければ、すれ違って当然だと思います。

 

 

だからこそ、人間は『言葉』を使って相手とコミュニケーションをとるのです。

 

 

だから、相手の察する能力、忖度する能力に甘えるのではなく、思っていることは可能な限りで伝えて欲しいと、そう思います。

 

 

 

NG対応

 

 

対応としてNGなのは、『問いただす』『責める』『禁止する』ことです。

 

 

本人たちもどうして自傷をしてしまうのかわからないこともあります。

 

 

なので問いただされても、答えられず心に蓋をしてしまう可能性が高いんです。

 

 

また、その行為が世間一般から見て好ましいものでもないことも、言われなくてもわかっている場合が多いです。

 

 

それをわざわざ責めることに意味はありません。

 

 

禁止することは、約束を結ぶという事です。

 

 

つまり、それが達成できなかったときに自身を責める理由になってしまいます。

 

 

また、自傷行為が目の前のつらい現実や感情から目を背けるための応急処置として機能している場合もあるということは前述した通りです。

 

 

その応急処置の手段を奪ってしまうことは、ますます窮地に追いやることになる可能性を作ってしまうという事です。

 

 

 

 

 

問題の本質

 

 

自傷行為をする人の最大の問題は、自傷行為をすることではありません。

 

 

つらい時、しんどい時に他者にSOSをうまく出せないことだと思います。

 

 

 

だからこそ、支援者側は『聴く』と『伝える』という言語的なコミュニケーションを取ることが望まれるのです。

 

 

注意してほしいのは、ちょっと『聴いた』くらいで話せるようになるのであれば、自傷行為はしていない、ということです。

 

 

つまり、ゆっくり時間をかけて関係を作っていき、はじめて対話ができるようになるということです。

 

 

この記事を読んで、「そうだったのか!よし、じゃあ聴かなきゃ」と様々な心理背景を聴こうとして、すぐに色々出てくるわけがありません。

 

 

丁寧に、かと言って腫れ物に触るようにするのでもなく、自然に関わって欲しいと思います。

 

 

 

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※ここでは、あくまでぼく個人の経験や知見をもとに記事を書いています。記事でも述べているように、自傷行為に至るまでの心理背景は本当に様々です。つまり、当然のことながら、対応も個々人に合わせて変わります。ここで挙げている対応策や、NG対応は『広くあてはまりそう』というだけで、どのケースにも当てはまるわけではないので、ご注意ください。

*1:overdose:薬物を濫用、過剰摂取すること